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突然の贈りもの、あるいは、新しい友だち 4/27   [visitors]

                                                 52(ゴオ・ツー)

さて、夜更かしをして眠りこけていると、けたたましく呼び鈴が鳴りました。
ドアを開けると、そこに猫が木琴を叩いて立つてをりました。
はろー、とわたくしは言いました。どこかでお目にかかりましたか。
猫は歩き乍ら黙つて演奏を続けてをりますが、蝶ねつくたいなどしておつなものです。
木琴を叩くとなぜかお猿の首がぞくぞくと、
そこから飛び出していくようでした。猿音楽ということですから、
音が猿なのか猿がはしやぎ出すのかわかりませんが、
お日様と鳥は豆腐をぼうるに抱えてもつてをります。
これが演奏料なのか、猫が併せて豆腐販売も行つているのかは
一寸定かではありません。蒸気きくわんしやの上にはお相撲とりがいて、
その傍らをモオツアルトのよふなをとこが歩いてゆきます。
音楽はいつまでもやむことはないようですから、わたくしはずつと愉快なまま、
猫の演奏に耳をすましてをります。それはとつても良い気分です。
彼がどうして突然に我が家を来訪したのか、
実のところそれはまだよくわからないのですが、
というのも猫はいたって無口なゆえに、わたくしの、はろー、
にも無言で答えているのか答えてはいないのか、そんなことは関係ないのか、
それも釈然としません。ただ、何といふことではないのですが、その猫の顔が、
オウエイ氏もしくはワイエイ氏というわたくしの知人に似ているような気がして
なりません。兎も角も、愉快なことには感謝を捧げるべし、という
白犬族のをきてを想い出すまでもなく、わたくしは有難う有難うと笑い続けるのでした。


Christmas time

Christmas time

ついしん そのネコは青いクリスマスの街といとこの国からやつてまいりました。


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愛すべき頑固者たち 4/7 [visitors]

                                                   63(録/産)
その場所にいくと、いつもとても静かで、自分の核におりていくような心持ちになる。そして、クリエイティヴといってよい発想がどこからか自ずと立ち上がってくる。久しぶりに青山へ行き、音楽プロデューサーの大森昭男さんを訪ねた。そうして、その物静かな言葉に耳を傾けているうちに、僕は自分がそもそもなにをしたいのか、ということを自然に考えている。そして、大森さんがかつて「愛すべき頑固者たち」と呼んだ表現者たちのことを思い、それぞれの現在をみつめている。僕にとっては、コンサートのアイディアに関してだけでなく、プロフェッショナルの仕事ということ、クリエイティヴであり続けること、そして表現のための豊かな場所を育むこと、などについて、はかり知れないことを、それと言わずに教えてくださった恩人だ。いくつものかけがえのない出会いが、尊敬する彼のもとから波紋のように広がっていった。そうしていまも僕は、決して多くは語らない大森さんの、謙虚で奥深いひたむきな存在感に心打たれている。そして、なにかとてつもなく大事なことを聞き漏らさないように、真剣に耳を澄ます。こんなことを書くと、ご本人は嫌がるかも知れないけれど、やはり感謝と尊敬の気持ちはつきない。大森さんの言葉の奥には、いつも言葉よりも大きな宇宙があり、人生の豊かな時間が密やかに歌っている。その響きを全霊で傾聴したいと僕はいつも希うのだけれど、かならずその存在の、創造的で果敢な静けさのなかに吸いこまれていってしまう。


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長谷川勝朗さんと鹿沼への旅~「コレクター長谷川勝三郎と川上澄生」展をみて 3/21 [visitors]

46(for rock)

わが家に谷中安規の自転車がやってきたのは、松濤美術館での展覧会にその版画を出展していた長谷川勝朗さんのはからいによる。その版画の複製が部屋に飾ってあるので、僕は好きなときにいつでも江戸川乱歩な気分になることができる。長谷川さんが前々から計画してくれた旅のプランに気持ちよく乗っかって、Tさんと相棒といっしょに4人で鹿沼に電車旅をした。

鹿沼市立の川上澄生美術館がメインテーマなのだが、旅そのものが始まりから終わりまでハッピーに包まれた感じで、だから僕が生まれたころに亡くなったこの版画家への旅は、なんだかなつかしい時間にかえるような優しさに充ちていたような気がする。

生誕110周年の版画家とその弟子だった長谷川勝三郎の展覧会は、「コレクター長谷川勝三郎と川上澄生」という直球のタイトルで、二人の交感を静かに物語る。館の名誉館長でもある長谷川さんのお父上の若い時代の版画をまずみて、ものづくりへの情熱と敬愛を感じ、二階ではさまざまなスタイルを示す川上澄生の作品に触れて、木版多色刷の温かな質感を堪能した。僕は版画のことはよくわからないけれど、日本がWBCでキューバに勝って世界一になった時分、僕もためしに木版を彫ってみたいという根拠のない衝動にとらわれたのだから、きっと素敵な版画たちだったのだろう。

川上澄生の版画では、南蛮のシリーズの「あう゛ぇまりあ あう゛ぇ 海の星」が凄みがあったし、天使が原マスミさんの描く天使と繋がってみえて興味深かった。「胸中の地図」や「キリストと花魁」も面白くて、南蛮ものは見ごたえがあった。「偽版古地図」も愉しかった。けれども、僕がいちばん素直に心惹かれたのは「長谷川勝三郎蔵書票」で、これをなんども眺めていたら、なにか無性に彫ってみたくなってしまった。長谷川さんはほかにも所有の作品をいくつかみせてくだって、谷中の「自転車A」の本物にも再会することができて嬉しかった。

それから、川上澄生美術館の第12回木版画大賞の作品展をみて、郷土資料館で二つの屋台をみたり、石器や麻をみたりした。歩いて中央公園に行き、屋台展示館でもう二つの屋台をみて、勝朗さんの祖父にあたる長谷川唯一郎造営の掬翠園をたずねているうちに、まちのすみずみに長谷川さんのライフ・ヒストリーが潜んでいることがわかってきた。行きはおいしいパンをいただいたけれど、帰りはSPACIAの個室で石橋のうなぎをたべながら、まったりと愉快に話していたら、名残惜しくもあっというまに浅草についてしまったが、旅というのは遠くにいかなくても時間を遡ったり、いろいろな人の人生をたずねたりすることができるのだなと思った。長谷川さんともようやくいっぱい話せて楽しかった。


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奇妙な日々、いつか 2/7 [visitors]

5(GO!) 

未来がどんなすがたかたちをしているかはわからないけれど、どの方角にひらけているかはわかる。そんな気がするときがある。それがまちがいでも、正しくても、僕はその方角へと足を進めてしまう。(それはまちがい)(それともまちがいじゃない)。どちらにせよ、昨日までのことはすべてまちがいではない。きょう、僕が踏みだそうとしているこの足も、ぜんぜんまちがいじゃない。

一昨日、大宮で「Strange Days」を聴いていた僕は、いつのまにかずっとこの奇妙な日々を歩き続けている。決して、突きぬけてはいない。だから、突きぬけたい。だが、突きぬけてはいない。そのために、僕にとって「いつか」はある。もしほんとうは「ない」のだとしても、いまそれは確かに「ここにある」。そう感じられるあいだは、たしかに「いつか」はある。「いつか」はいつかのなかにあるのではなく、いつもここにあって、遠くをまなざしている。いまここにあるその想いを、僕たちは「希望」と呼ぶ。

寝不足の朦朧とした頭で、吉原聖洋さんと話している。そのうちに、僕はいつかといまがわからなくなる。いつかはここにあって、いまはここにはない、そんな錯覚に陥りながら、カフェラテはとっくに飲み終えている。突然にお会いすることになって、僕たちが話したのは「佐野元春をめぐる冒険」について。話はさまざまな方向へ泳ぎだして、そのうちに夜がくるが、それもかまわずに泳ぎ続ける。そうして、見たことのない岸辺にたどり着いた、としたら美しいのだけれど、それはまだいつかのなかにある。

大船駅で別れて、ずいぶん経ってから、吉原さんと少しゆっくり話したのは、きょうが初めてだったことに気づいた。吉原さんの文章に出会ったのはいつのことだったかもう思い出せないが、吉原聖洋さんという人には佐野元春さんのスポークンワーズをきっかけに出会った。そうして、またその界隈で何度目かの再会をしたのだが、ドイツソーセージとキャベツを前に、いつのまにかプライヴェイトなことまで勝手に話しているのだから不思議だ。みんなもう食べてしまったから、証人はいないけれど、お皿のうえにあるのは、汚れた空虚だけではないはずだ。今夜たくさんの言葉を費やしても辿り着けなかった未来の話が、いつかほんとうのいまになることを願っている。吉原さんありがとう。

http://www.moto.co.jp/im2001/#

In motion 2003 増幅

In motion 2003 増幅


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山尾敦史さんのこと [visitors]

(僕が自分のブログにうつつをぬかしているあいだに、
音楽ライターで英国音楽紹介家の山尾敦史さんが、
ご自身のブログ「山尾好奇堂」で、ここのことを紹介してくれていました。
それがまた、とても心温まる記事で、たいへん光栄なのであります。
http://yamaonosuke.blogzine.jp/honke/2006/01/post_0351.html
まあ、そんなことはいいけれど、いろいろなことを書かれていますから、
もしまだ訪れていない方がいらしたら、ぜひ読んでみてください。
山尾好奇堂→http://yamaonosuke.blogzine.jp/honke/ )

山尾敦史さんとは、古くからの知り合いのような気でいるのですが、
直接知り合ったのは、じつはそんなに昔のことではなくて、
2004年の1月、村治佳織&趙静&松本和将のコンサートをきっかけとしてでした。
いや、そのときにはもう面識があったから、その少し前だな。
いずれにせよ、そこでやりとりがあって、それからときどきコンサートでお会いします。
尊敬すべきエディター、プロデューサー、ライターである田中泰さんを通じて、
お仕事をご一緒したりもしました。

でも、ちゃんとお話をしたのはたぶん二度だけで、
サントリーホールの下のイタリアンでさくっと飯を食べたのと、
仕事仲間のFさん提唱による「山尾さんとお蕎麦を食べる会」に
大雨のなか遅刻して行ったときくらいです。

で、最初のとき、いちばんたくさん話したのは、佐野元春さんの「VISITORS」のことでした。
佐野元春というメディアがそれぞれのライフに与えたインスピレイションについて、
つまりそこからどれだけ勇気をもらい、どれだけの知恵を授かったかというようなこと。
それから、自分たちはそれぞれどんなメディアをつくりたいかということ。
つぎには、僕が「くるり=ベートーヴェン論」(今度書きます)をしゃべったり、
山尾さんがご自身の音楽創作のことや村上春樹の文章について話したり、しました。
クラシック音楽に関しては、「こんなに素晴らしいものがあるのにもったいない」
という態度で紹介の仕事に臨んでいることが、三人とも一致していることがわかり、
つくりたい雑誌の構想とかを、勝手に話し合いました。
でも、クラシックの話題は少なかったなあ。
「きょうのできごと」のことのほうがたぶん多かったな。

そのあとはあまり連絡もとっていなかったので、
こうしてこんなところで伝言合戦をしているわけです。

僕は高校くらいのときに自分の活動を「ひろばのうた」というふうに定義したのですが、
おそらく山尾さんもご自身がメディアになろうとしているのだと思います。
というか、とっくになっているか。「音楽紹介家」という肩書きもその証です。

で、「山尾好奇堂」の記事も、山尾好奇堂introduces「毎日は書けない。」でありました。
あれだけ親切に書いてくださったのに、返歌が書けない僕は、
「面白いよ、山尾好奇堂」と呟くしかありません。情けない!

ビートルズに負けない近代・現代英国音楽入門―お薦めCDガイド付き

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  • 作者: 山尾 敦史
  • 出版社/メーカー: 音楽之友社
  • 発売日: 1998/08
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


池袋ウエストゲートパーク Classic Edition

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  • アーティスト: オムニバス(クラシック), アーヴィング(ロバート), ニューヨーク・シティ・バレエ管弦楽団, チャイコフスキー, バレンボイム(ダニエル), パリ管弦楽団, ストラヴィンスキー, アース(モニク), ラヴェル, フェルメール弦楽四重奏団, シューベルト
  • 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2005/04/13
  • メディア: CD


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