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雪沼の響き [本のこと]

古い道具や機械、町や人々には、独特の息づかいがあり、響きがある。
時間というものがただ流れるのではなく、降り積もっていくものでもあるのだと、
そうした物音はぼくたちにふっと気づかせてくれる。

時代に取り残されたような、と人々は言うが、時代が上滑りしただけかも知れず、
佇まいの美しさはそれとは関係なく、ずっと前からそこにあって、
たぶんいつかそこからなくなる。ただ、そのいつかまでは、たしかに時は充ちる。

雪沼という町はどこか不在であるかのように、時間と地理を超えて、
風化するすれすれの境界で、今日のほうにひっそり呟きかける。
そこにある人々の姿、言葉、思いなどを抽斗からそっと出してみせるように、
小説家は小さな窓から、驚くほど精緻な奥行きをのぞかせる。

どんな風景にも過ぎ去っていった物語があるのだろうが、
この連作小説集は、過ぎ去って行きつつある物語のときを、
ぎりぎりの瞬間で掬いとることに繊細な感性を発揮している。

雪のように降り積もる時が、流れながらも去ってはいない、
遠ざかっていくさなかの、その内密な響きを聴きとろうと、
この小さな本を閉じたいまも、ぼくは静かに耳をすましている。


雪沼とその周辺 (新潮文庫 ほ 16-2)

雪沼とその周辺 (新潮文庫 ほ 16-2)

  • 作者: 堀江 敏幸
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2007/07
  • メディア: 文庫


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CM音楽をいくつ歌えるだろう? [本のこと]

俳人が生涯にいくつの句を世に問うのか、ぼくには詳しいことはわからない。
靴屋さんや仕立て屋さんがパン屋さんにしたって、やっぱりよくはわからないように。
松尾芭蕉の場合、真作と確認されているものだけで982句、そのほかにも
500余りの句があるという話をどこかで聞いたこともあるが確かな記憶ではない。

さて、大森昭男というCMプロデューサーが、1972年に独立して自社を起こしてから、
現在までに制作発表したCM音楽の数はなんと2,400本ほどになるという。
ぼくには途轍もない数に思えるけれど、CMの歴史のなかで、35年間でつくられた
その数が多いのか、少ないのか、ほんとうのことはよくわからない。ただ、
その歴史のもっとも美しい成果がそこに含まれていることは、おそらく疑いもない事実だろう。

その創作の風景は、彼のいう「愛すべき頑固者たち」との豊かな対話のときに彩られている。
ぼくはたまたま大森さんのご好意でその現場を2つだけのぞかせていただいたこともあるが、
いつも感じている大森さんの雰囲気や物腰やお話や言葉、そして紳士的な佇まいからしても、
現代における俳人とでもいうべき美学と作法をもっていらっしゃるように感じてきた。
さまざまな条件や制約を季語のように用いて、さまざまなクリエイターを出会わせながら、
言葉少なく機会の詩を編んでいく。そこには映像や言葉と音楽の繊細な息づかいが生まれる。

田家秀樹の新著『みんなCM音楽を歌っていた 大森昭男ともうひとつのJ-POP』は、
時代の流れのなかで数々のきらめきを放ってきた、大森昭男とクリエイターの仕事や考えを、
同業者や関係者の豊富な証言を編みながら、連載で綴ったものを一冊にまとめたものだ。
その記述は450ページにおよぶが、CM音楽の歴史にとってはおそらくそう長いものではない。
しかし、とりわけ1980年代のCM黄金期に、輝かしい才能たちの異種勾配を通じて輝いた
音楽や表現のもっとも活発な実験の現場がこのフィールドにあったことを鮮やかに告げている。

そして、大森昭男の制作作品のリストは、2007年の現在もまだ更新され続けている。
ていねいな仕事を、心静かに熱く積み重ねる名匠の、新しい俳句をぼくはいつも楽しみに待つ。


みんなCM音楽を歌っていた―大森昭男ともうひとつのJ-POP

みんなCM音楽を歌っていた―大森昭男ともうひとつのJ-POP

  • 作者: 田家 秀樹
  • 出版社/メーカー: スタジオジブリ
  • 発売日: 2007/08
  • メディア: 単行本


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6年目の9月11日に [本のこと]

徹夜明けの朝、一冊の本が届き、チャイムの音にぼくは目覚めた。
6年目の9月11日の始まり。顔も洗わずにぼくは読み始めた。

2001年9月11日、ぼくは"In motion 2001"という新しいプロジェクトの打ち合わせを、
深夜までしていた。そのとき、相方の電話が鳴って、ぼくらはその空前の事件を知った。

まもなく、"In motion 2001"のリハーサルが始まった。
すべてがスペークン・ワーズで一貫するというコンセプトのコンサートに、
佐野元春が書いたばかりの真新しいソングを携えてきた。
「爆発の夜」に彼が書いたその歌は、「光-The Light」と言った。
初めて聴いたとき、ぼくの意識は「SHAME-君を汚したのは誰」をたぐり寄せていた。

あれから6年。ぼくは「光」のことを忘れたことはない。
そして今朝、ぼくは『ビートニクス コヨーテ、荒地を往く』を一気に読み進んだ。

この本は、佐野元春が1990年代に主宰していた「THIS」のために、
旅をして、人々と出会い、取材して、感じとったことを綴った文章を集めたものだ。
1986年と1994年のビート巡礼といえる彼のドキュメントを、改めてまとめて読んで、
ぼくは佐野元春の共感や精神が現在まで揺るぎなく響いていることに打たれる。
この本は、1983年から1984年の間、彼が訪問者として暮らし、
かつて「SHAME」を含む『VISITORS』を制作したNYCのことから語り始めている。
そして、ぼくは「SHAME」の問いかけを忘れたことはない。

奇妙な饗応。

だが、ぼくのこうした語りかたはどこかしらふさわしくないのだろう。
これはノスタルジーではない。

大切なのはノスタルジーではなく、敬意をもって町を立ち去ること、
そうしてその先の旅を続けること。

ビートは継続する。そうだろう。
しかし、ビートが抗うように向き合った問題も、さらに拡散して、
複雑に、さらに深刻に継続していること、これが重大だ。

そのことをもう一度、いや、何度でもぼくたちは思い知らされる。
そのときに、彼らだったらどう行動しただろう?と思うこともある。

「僕らは懲りることなく、自由とパンを同時に手に入れようとして相変わらず傷つき続ける。」

コヨーテ、荒地を往く。
放浪、そして新しい旅の始まり。

http://www.moto.co.jp/light/
http://www.moto.co.jp/beatitude/


ビートニクス―コヨーテ、荒地を往く

ビートニクス―コヨーテ、荒地を往く

  • 作者: 佐野 元春
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2007/09
  • メディア: 単行本


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物語を編みひらく [本のこと]

物語を生み出すのは物語だ。物語の力がもうひとつの物語を始動させる。
そして、語り部の想像力が、その物語をさらに大きな物語の連繋へと押し拓いていく。

短篇小説集『枯葉の中の青い炎』で、辻原登という卓抜な物語作者が読み解くのは、
連想によって葉脈のように透かしみられた世界の網というべきものだ。
物語の連鎖と連繋によって、作家は時間と空間を自在に手繰り寄せる。
そうして、幻想と魔法を仄かに漂わせながら、読む人を宙吊りにする。
宙吊りというのは、もちろん物語の連鎖と照応のただなかだ。
つまり読み手はある意味、入れ子になったり響きあったりする物語のなかに幽閉される。
その魅力的な快楽こそが、物語を読む愉しみのひとつであるかのように、
古今東西の物語を交通しながら、幾層にもなった現実あるいは虚構の層を遊泳していく。
そうして、いつのまにか意識をその物語の連繋のなかに閉じ込められている。

物語を読む登場人物の時間が、あるときは符合となり系となって、人物どうしを繋ぐ。
そのようにして、その外側で物語を辿っている読み手もそこに係留される。
捕まったはずなのに、まだ広がっていく気がするのは、
辻原登が複数の物語の響きあう場所へと読み手を巧みに誘うからだ。


枯葉の中の青い炎

枯葉の中の青い炎

  • 作者: 辻原 登
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/01/26
  • メディア: 単行本


枯葉の中の青い炎 (新潮文庫 つ 23-1)

枯葉の中の青い炎 (新潮文庫 つ 23-1)

  • 作者: 辻原 登
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2007/06
  • メディア: 文庫


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オン・ザ・ロード 1957-2007 [本のこと]

その本はこの半世紀で、どれだけの人々を動かしてきたのだろう。

1957年、The Viking Pressから出版された"On the Road"が50周年を迎えた。
1955年から編集者の手を離れず、出版可能になった際にも、
登場人物の名前の変更と推敲を条件とされたが、それでも
こうして本は旅立ち、ぼくたちの多くの心を駆け抜けた。

ぼくが学生時代に夢中になって読んだペーパーバックは、
"25TH ANNIVERSARY EDITION"と銘打たれた版のリプリントだった。
21歳の夏、ぼくはSal Paradiseの綴る美しい抒情に心打たれた。
その目はオープンで、澄んでいて、心優しかった。
Deanのワイルドさに惹かれるよりもつよく、Salのナラティヴはぼくを捉えた。

"So in the America when the sun goes down..."
から一気に綴られる最後のパラグラフのおしまいはこうだ。
"...and nobody, nobody knows what's going to happen to anybody besides the forlorn rags of growing old, I think of Dean Moriarty, I even think of Old Dean Moriarty, the father we never found, I think of Dean Moriarty."

このラストを読んでから、ぼくはずっとSal 、すなわちJackのことを考えている。
どうであれ、人は生きていく。作家は寂しく老いていった。
ほんとうは年をとるのは寂しくてもやはり幸せなことなのだろうけれど。

しかし、"On the Road"はいつまでも年をとらない。
本がどんなに日焼けしてぼろぼろになったとしてもだ。

ぼくの心もそうあるといい。

オン・ザ・ロード。



On the Road

On the Road

  • 作者: Jack Kerouac
  • 出版社/メーカー: Viking Pr
  • 発売日: 2007/08/16
  • メディア: ハードカバー


On the Road: The Original Scroll

On the Road: The Original Scroll

  • 作者: Jack Kerouac
  • 出版社/メーカー: Viking Pr
  • 発売日: 2007/08
  • メディア: ハードカバー


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転移と変換のバラ薔薇 [本のこと]

多和田葉子の日本語初詩集、『傘の死体とわたしの妻』をようやく読む。
この作家の研がれた言語感覚と、不思議な幻想味や陰影が好きで、
『犬婿入り』からずっと読んできて、ほとんどがっかりしたことはない。

詩ともなって、しかも日本語となると、PCの変換をそのまま意味の流転にまかせて、
ゆるくエロティックに歩ませていくのだが、しかし。
その弛緩を愛でるよりも、ぼくには散文の幻想味のほうが、ずっとしっくりくる。
自由はかくも不自由というか、不埒というのか、不貞というのか、よくわからないけれど、
日本語でしかできない表記のズレを意識しすぎているのが、
かえって言葉と物語の生理を殺しているようにも感じた。

「あきらかにどこかの家族に属そうとしているように話すアナタ
を いっそのことカナタと呼んでしまえば 誰のものでもなくなる
左利き用の、ありますか? 」

というのは、なかではとくにわかりやすい部分なのだろう。
「癇癪虫回線」と名づけられた詩のここ、
それだけに、いいのか、悪いのか?


傘の死体とわたしの妻

傘の死体とわたしの妻

  • 作者: 多和田 葉子
  • 出版社/メーカー: 思潮社
  • 発売日: 2006/11
  • メディア: 単行本


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なぜ彼はそのときこのように思想したのか [本のこと]

渋谷陽一が主宰する『SIGHT』誌で自ら展開している連続インタヴューが、
『吉本隆明 自著を語る』として一冊にまとめられた。
ここでは初期の詩作から『心的現象論(序説)』、
つまり1950年代初頭から70年代初頭までの仕事について、
吉本の思考の流れを聞きてが再認識していくプロセスを対話のかたちで綴っている。

渋谷陽一のスタンスは明解で、それはロックを対象とした彼のインタヴューの方法と同様、
吉本隆明は当時の社会情勢、世界情況のなかで、そして自らの表現の希求の過程で、
なぜこのような思想表現をあえて世に問わなければならなかったのか、
ということを、詩人思想家の内的な動機をベースに辿りながら定義していくものだ。
ぼくも吉本隆明の本質を詩人としてみてきたので、渋谷陽一がそのことを執拗に問いながら、
すべての書物を吉本一流の文芸批評の試行としてみていくのはとても納得がいく。

たとえば、吉本隆明は親鸞になぞらえて還相、つまり文芸批評を突きつめ、
「そして、そういう帰りの姿のようなところで、文芸批評をやると、
詩の延長線上で批評ができるんじゃないかって。そういう願望はあるんです」
と打ち明けている。この、帰りみちの思想、に、ぼくは私的にもつよく共感を覚える。

対談では、吉本の発言をいちいち再定義するように、渋谷調に言い換えて
本人確認をとっていくので、その追認のプロセスがちょっとくどく感じられるところもある。
言葉の人に対してもロックの人にするように、毎度論理的に踏み固めていきたいのだなあ、
とも思うけれど、渋谷陽一の仕事がこうした彼の思考の生理と論調に
終始一貫性をもっているのはやはりあっぱれなことだろう。

それぞれの論考が発想された内的なモティーフについて、時代を追って捉えていくので、
ひとりの思想家の人生の軌跡を辿る読み物として本書はさまざまに興味深い。
ぼくとしては、ようやくこの本の終章あたりで誕生した世代なので、
サブ・カルチャーやイメージ論が語り出されるこの本の続篇も楽しみにしたい。
渋谷の仕事のフィールドと交差したあたりで、もう一歩議論が高揚するのではという期待もある。

吉本隆明 自著を語る

吉本隆明 自著を語る

  • 作者: 吉本 隆明
  • 出版社/メーカー: ロッキング オン
  • 発売日: 2007/06/30
  • メディア: 単行本


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